台北永康街_長順名茶のスタッフブログ

台北、永康街にある長順名茶の日本人スタッフによるブログです。台湾茶のおいしい飲み方から台湾のおしゃれなショップやグルメ情報までご紹介!鼎泰豊のすぐそばだから、番号待ちの間に立ち寄れます!

金門島二泊三日の旅5 二日目の観光ポイント前半  

こんばんは、スタッフZです。
先々週台南に遊びに行ってきました!
そのご報告も早くしたいので、金門島ツアーレポ、
サクサクいきます!

二日目は移動がなくまる一日観光に使えたので、
たくさんの名所を訪れました。

訪問先は以下の通りです。

1,建功嶼
2,延平郡王祠
3,金水國小
4,得月樓洋樓群
5,金道地蚵仔麵線(←昼食)
6,陳清吉洋樓
7,金門高粱酒史館
8,泗湖風獅爺
9,安岐風獅爺
10,古寧頭戰史館
11,北山播音站
12,高粱田
13,瓊林聚落
14,記德海鮮餐廳(←夕食)

では、簡単に各ポイントのご案内をします。

1,建功嶼
金門島10大観光スポットの一つといわれる建功嶼は金門島本島に寄り添うようにある島で、干潮時には歩いて渡れるが、満潮になると歩けなくなり船で迎えに来てもらわなければ行けないので、潮のひく朝一に行きました。

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石で舗装された道には海藻に薄く覆われている箇所もあり非常に滑りやすいです。

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途中、ガイドの学長さんがずんずんと舗装されていない干潟部分に進んで戻ってくると、その手にはカブトガニの幼虫がいました。カブトガニは金門島や澎湖に生息する生きた化石と呼ばれる生物で、一度夫婦になると一生一緒にいるので、台湾では「夫婦魚」とも呼ばれているそう。

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島への小路の途中、振り返れば中国軍の上陸を防御するための武器が海岸に並んでします。

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また、この小路の途中に漁民を模したオブジェがあります。おそらく満潮時の時の水位がわかったり、満潮時に小路の位置を知らせるためのものなんだと思います。

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そして、島にたどり着くとこの小さな島にはまったく不釣り合いに巨大(9メートル)な鄭成功像。これ意外に新しく2008年に鄭成功の故郷、中国福建省南安市より寄贈されたもので、当初は本島の延平郡王祠に建立されるはずでしたが、最終的にこの建功嶼に福建省南安市を臨むように2009年に建立されたそうです。

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2,延平郡王祠
すいません、暑くて朦朧としてちゃんとした写真が撮れませんでした。

3,金水國小
金水國小(金水國民小學)は、アヘン戦争(1840年)以降に金門島から立身出世を志してマレーシアやシンガポールなどの南洋に出稼ぎに行った金門人達が持ち帰った資金で1932年に建てた学校です。

正面入り口は西洋建築の様式のように見えますが、内部は中国の伝統的書院構造になっています。正面側に鷹と天使のレリーフが彫られていますが、自からの海外事業の成功を表し、先祖の功績を称える意味が込められています。

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レンガ造りの円柱の上下に正方形のレンガがはめられていますが、その理由の一つはネズミ落とし、もう一つは正方形が事業が順調に進み、円が家族円満を表しています。また、建物の構造が「回」という字のようになっているのも、命がけで海を渡った金門人達の願いである「回家(家に帰ること)」「回郷(故郷に帰ること)」を意味しています。

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下の地図は金門人たちがどのようなルートで南洋に渡ったかを表しています。今から100年以上前の話ですから、10人いれば、うち6人は途中で亡くなり、3人は現地での生きるのが精一杯、1人位しか無事帰郷できたものはいなかったので、「六亡三在一回頭」というような言葉も生まれたようです。

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そして、この時に初めて気づいたのですが、私が以前住んでいたシンガポールには多くの金門人が渡って商売や事業をしていたそうです。シンガポールにいる間はほとんどその歴史のことを知らずにいましたが、改めてもう一度勉強したくなりました。

4,得月樓洋樓群
得月樓は左側の高い塔の名前ですが、月を得る、つまり早く月を見るために建てられた訳ではなく、1931年に要塞として建てられました。得月樓の隣に、黃輝煌洋樓と呼ばれる黃輝煌氏が同年に建てた西洋と東洋をミックスした建物があります。その頃、この地域は非常に治安が悪く、家族の身は自分で守らなければならず、襲撃があれば外周の塀の門を閉じ、得月樓の小窓から銃で応戦するために、当時では最も高い塔としてたてられたそうです。

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塀の中は意匠が尽くされた西洋とのミックス建築がロマンチックですが、外敵の侵入対策の逃げ道や地下通路などがあります。

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そして、ここにもシンガポールを思い出させてくれる展示品がありました。ニョニャ(娘惹)料理と呼ばれている料理の数々のサンプルや展示板です。シンガポールにいる頃、よく食べていたデザート、「ボーボーチャチャ」もニョニャ料理の一つだったんですね。これも初めて知りました。

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黃輝煌という方はインドネシアでの商売が大成功を収めて帰郷して、この豪奢な館を建てましたが、その資産が狙われ、要塞の中で暮らさなければいけなくなってしまうなんて、悲しいですね。

5,金道地蚵仔麵線
今日の昼食は金門島名物の牡蠣料理でした!

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まず出てきたのは、牡蠣の卵焼き(蚵仔煎)と牡蠣の揚げ物(炸蚵酥)。
台北の夜市によくあるオーアーチェンと違ってソースが毒々しいピンクじゃなくて食欲ワク~!

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つづいて、店名にもなっている牡蠣麺線。
さっぱりした味付けにセロリの香りが効いててグッド!

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そして、二枚貝(海瓜子)の炒め物とサツマイモの芽(地瓜)の炒め物。
テッパンの美味しさです!

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もちろん運転手の学長さんには申し訳ないけどビールもいただきました^^;
今日は大分長くなったので続きは次回に。

以上、スタッフZでした。

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金門島二泊三日の旅4 一日目夕食は激ウマの海鮮料理!  

こんばんは、スタッフZです。

今日は初日の夕食のご紹介です。

現地ガイドさんに海鮮食べたいとリクエストしたところ、このお店に連れてきてもらいました。

信源海産店という壁の表示を見なければ、営業中以外は通りすぎそうな外観です。

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が、外観とはうらはらに超人気な海鮮料理店で、予約がなかった私達は暫くは外で待ってて、そのうち、丸いテーブルと椅子がどこからか現れ、入り口前の私道?に宴席が設えられたのです。

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メニューはガイドさんにお任せし、金門島の美味しい海鮮料理を堪能しました!

もしここで同じ料理を頼みたい方がいたら、中国語のメニュー名は不明なので、写真を見せてオーダーしてくださいね。

まずは、大好きな茹で海老。
プリプリな茹で加減が素晴らしく、海老の優しい甘みが最高でした。

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渡り蟹っぽいカニの紹興酒高粱酒漬けみたいなの。
これ、ビールに抜群に合う味で、韓国のカンジャンケジャン風な料理です。
台湾で生っぽいカニの料理食べた事無かったので新鮮な味でした。

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アサリ風の二枚貝炒め。
アサリじゃなくてハマグリ風の身です。大好きなメニューの一つです。

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魚の卵が入った玉子焼き。

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魚の炒め煮。

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キャベツ炒め。

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沙虫という金門島の名物の炒めもの。
白いエノキダケの茎みたいに見えるものがそれだけど、特に味はなく歯応えがシャキシャキしてます。普通に美味しい^^;

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牡蠣と海苔のスープ。
アッサリ塩味の身体が喜びそうな味。

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和え麺。
日本の中華料理店では絶対出てこなさそうなメニュー。茹でた乾麺を油で和えただけで、薄い味しかついてない。白飯の代わりと思えば、それもありだけど、私はもうちょっと濃い味が好きなんで、スープに入れて食べました。

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上記料理にビール二本頼んで2600元位でした。

この店、ちゃんと中にもテーブル席にはあるのですがすべて満席で、想定外のアウトドア席でしたが、その日は天気も良く、夜はそれほど暑くなかったので、エンジョイできました。

金門島で海鮮料理食べたいときは、是非思い出してくださいね。

以上、スタッフZでした。

信源海產店
金門縣金寧鄉湖下村60號
電話:082-327743
営業時間:11:00-21:00、旧正月休み
> 台北ナビの紹介記事

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金門島二泊三日の旅3、一日目の観光ポイント  

こんばんは、スタッフZです!

すっかりご無沙汰しており申し訳ありません。
金門島の記事を書こうと思いつつ、たまに書こうと思うといろんなところ、いろんなパソコンの不具合が出てきてその度に凹んで今に至っております。ただ、もうすぐ台南に行くのでその前に金門島の記事を完成すべく、気合を入れて不具合を解決いたしました。

さて、バタバタの状態で金門島に着いた事は以前ご紹介しました。(→過去記事

で、金門空港に着くやいなや先着の友人たちが空港で待っててくれたので、チャーターしたワゴン車に乗り込みました。

今回のメンバーは日本からいつも一緒に台湾旅行をしているMちゃん、そして台湾人友人で度々ブログにも登場するPさん、そしてPさんの同級生のSさん、Pさんの元同僚で金門島出身の小柴君の5人です。(小柴君はあだ名です。)

そしてチャーターしたワゴン車を運転してくれるのが、金門島の観光ガイドさんで小柴君の大学の先輩。私達は学長と呼んでました。(中国語で学校の先輩を「学長」といいます。)

で、その日のスケジュールはざっとこんな感じです。

1, 香蜂一條根
2, 莒光樓
3, 浯江書院
4, 信源海產店(夕食)
5, 邱良功母節孝坊
6, 奎閣
7, 模範街


1, 香蜂一條根


私が着いて最初に向かったのが、「一條根」という金門島では大変有名な薬を製造販売している店です。

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「一條根」自体は漢方薬の一種で、それを使った軟膏やシップが売られています。
店内に入ると店員さんがこぞって軟膏を肩に塗ってくれようとします。
匂いの感じはタイガーバームみたいです。
肩こり、筋肉痛や神経痛などに効くようで、私も家族へのお土産に買いました。

2, 莒光樓

金門島の一番シンボリックな建築である莒光樓(日本語読みは「きょこうろう」)の歴史は浅く、wikipediaによれば「当時の金門防衛司令官が、金門砲戦における国府側将校を顕彰することを目的として1952年に建設させた中華宮殿風建造物」だそうです。

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外観も立派ですが、内部も素敵です。

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1階は主に金門島の概要や名所、民族風習などに関する展示があります。

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3階へ行くと金門砲戦で活躍した将軍や将校などの展示になります。

この戦いで名を馳せた胡璉という将軍がメインになるわけですが、金門島における中国と台湾の戦いについての詳細は私のようなものがご紹介できるわけもないので、詳細は割愛させていただきます。

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が、この戦いで重要な役割を果たした日本人がいることをこの旅で知ることができました。

簡略すると、その方は「根本博」、日本の軍人で戦後内モンゴルにいた日本人4万人の帰還に尽力された方だそうです。
日本帰国後、台湾に渡り、金門島で激戦を強いられている台湾軍に志願し、中国海軍撃破の参謀を務めたそうです。詳しくはwikipediaを見ていただきたいのですが、当時敗戦した日本から台湾へ、しかも志願兵になりに行くなんてことは到底考えられない状況下でしょうから、命を懸けて信念を貫かれたんでしょう。同じ日本人として非常に光栄です。

ということで、莒光樓に来て、金門島の概要が分かって良かったです。
(ガイドの学長さん、ナイススケジュール!)

で、歴史的名成り立ち以外にも莒光樓には面白いものがあって、それがこの金門という文字をデザインした公衆電話。

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莒光樓に来た人は必ずここで記念撮影するっていうくらい有名です。

また、ここの最上階からは中国の厦門(アモイ)が遠くにかすんで見えます。
私達が行った時はちょうど夕方だったので、アモイの方角に沈む夕陽がとてもきれいでした。

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3, 浯江書院

ここは金門4大書院の一つで、清の乾隆年間に建築されたそうです。

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で、ここからが難しい話が苦手なスタッフZの頭に残っている内容をつなぎ合わせての解釈になるんですが、金門島って中国大陸と目と鼻の先なのでもともとは中国の一部として役人が派遣されて来てたそうです。そして昔の金門島には大した産業も資源もなかったため、子孫を教育して中央の官吏にするっていうのが金門人の目指すところとなったため、この書院も多くの子息の学び舎になったそうです。ここで教鞭を執ってた朱という中央から来た先生が立派な人だったらしく、その名を冠した講堂(朱子祠)が上の写真です。

4, 信源海產店(夕食)

ここの夕食の話は別記事にします!

5, 邱良功母節孝坊

これは女で一つで息子を立派な棟梁に育てたお母さんを称えて皇帝が建ててくれた碑です。

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今の時代ならまだしも、清の時代に女性一人で子供を育てるというのは大変だったんでしょうね、こんな立派な碑を建ててもらえるんですから。また、これは金門島唯一の一級歴史建造物だそうです。暗がりに突然あったので、そんな立派なものとは思いませんでした^^;

6, 奎閣

ここに至っては、夕食のビールの酔いが回っててなんだか覚えてません。
で、今調べたら、清代に学問運向上を願って建てられたものとのこと。

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7, 模範街

ここは金城エリアの老街(昔からある繁華街みたいなエリア)の一つです。
レンガ造りの街並みがオシャレで、明るければ記念撮影にぴったりです。

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ということで、初日のスケジュールは金城エリアを中心に回りました。
本当はもっといろんなところに行ったのですが、ちょっと割愛してます。

以上、スタッフZでした!

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